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日本神話を説くアメリカの精神科医
出雲井 晶 (「日本の息吹」平成10年12月号より) 事のおこりは、この秋開催された”第39回日本児童青年精神医学総会”で、米国精神分析協会のドクターダニエル・フリーマン氏が「神話から見た日本の育児をめぐって」と題して講演することを、私の娘(某大学精神科助教授)が知ったことから始まります。”神話”ということで娘は拙著『母と子におくる教科書が教えない日本の神話』を総会会長を通じてフリーマン氏に贈りました。会長から「驚きました。数年前、出雲井晶著『新わかりやすい日本の神話』を選んで、フリーマンとの勉強会のおりに使ったのです」と、奇遇を喜んだ手紙が届き、私はその精神医学総会に招待されました。 日本の精神科医の人々を前にして、フリーマン氏の口からは何度も、イザナギ、イザナミとかアマテラス、スサノオとの名が、親しみをこめて語られていきました。 私の日本神話の読みとり方は、日本神話には、まず、どんな時にでも変わることのない天地をつらぬく永遠の理法が示されていること。その理法にのっとって生きていけば人間はみんな幸せに生きられることが、教えられていること。また、わが日本の国が建国されていく様が、壮大な目に見えない神の世界の物語と目に見える地上の話とを交叉させながら、語られているとしています。 35年間、世界各国の神話を精神医学的に解読してきたドクターフリーマンの説には、独自の見方がありました。神話の初めから終わりまでを、人間の精神的発達段階ととらえているのです。たとえば、イザナミ様が黄泉の国へいかれる場面は、子どもが母親から精神的に離別する状況が描かれていると、みるのです。天にのぼったスサノオ様が、生き馬の皮をはいで服屋(はたや)に投げいれたりする場面は、エロスの世界です。高天原を追われ地上におりたち八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治するくだりは、エロスをぬけだし高い愛アガペーに昇華していく精神の過程が表現されていると、みるようです。アマテラス様は聖なる愛の象徴とみるところなど、なかなか説得力があります。 日本神話とは”ことだま”の世界ですから、様々な多面性を秘めています。ドクターフリーマンの見方も、一つの見方としておもしろいと思いました。 占領軍によって五十余年前に消されてしまった日本神話です。その消した国のドクターが来日して、神話の存在すら知らなくても仕方のない人々が熱心に耳を傾ける光景を、私は複雑な思いでみつめました。 フリーマン夫妻は、日本の神話伝承館にも来館されました。一つ一つの絵の前で立ち止まりくい入るようにご覧になりました。 「大きな画面が神話の雰囲気をもりあげてくれるので、神話がよくわかる。日本の子どもたちみんなが、この館をおとずれて神話のすばらしさを知ってほしい。第二次大戦までは、神話は、日本の母親から子どもへと自然に受けつがれてきた。それが子どもの精神の発達によい影響を与えてきた。戦後は母親が神話を知らないから子どもに語れない。とても残念なことだ。あなたはどうか、日本の子どもたち皆の祖母になって、子どもたちに日本神話を語りきかせて下さい」と言われました。 今、わが国は教育、経済、外交、どこをみても末期症状の観があります。これを本来の正しい日本の姿にもどすには、現在、国中に瀰漫している唯物、科学万能の考えから百八十度転換して、”日本神話の心”にかえる以外に道はありません。私は日本の子どもたちの本当の幸せのために、自分たちの原点である日本神話を伝えることを悲願としています。天はその加勢のためにフリーマン氏を遣わして下さったと感謝したことでした。 「今回の旅行のハイライトは日本の神話伝承館を訪ねたことだ。日本は幸せだ、出雲井晶がいるから」とまで、帰りぎわに言って下さいました。握手した大きな手に私は一瞬、日本神話にでてくる猿田毘古神(さるたびこのかみ)に握られた錯覚にとらわれました。 日本人の魂のふるさと=日本の神話 出雲井 晶 インタビュー (「日本の息吹」平成11年2月号より) 「日本の神話」の心への回帰 ―先生は昨年、「文化関係者文部大臣表彰」を受賞されました。その賞状には、「特に日本神話を現代によみがえらせ多くの読者に感動を与えるなど文化の振興に多大の貢献をされました」と書かれています。神話の大切さが再評価されていることを実感します。 出雲井 受賞について文化庁の方から電話をいただいたのですが、そのときは何でいただけるのか分かりませんでした。賞状で、神話ということをはっきりと記されていました。やはり、神様が「日本の神話」の大切さを戦後の日本人に気付かせ、みんなが幸せに国家が明るく繁栄するようにということで、いただいたのだと思います。 「日本の神話」は日本人の信仰 ―「日本の神話」が再評価されるのは、それが持つ重要性に気がついてきたからと思いますが、そもそも、日本の国民にとって、「日本の神話」はどういう意味を持っていたのでしょう。 出雲井 吉田松陰先生は、「日本の神話は日本人みんなの信仰の対象である」と言われています。つまり、目にみえない壮大な神様の世界の壮大な神様のお働きを知ることは、目にみえるこの現実世界の、あらゆる束縛から心がとき放たれて自由自在性を取り戻すということです。キリスト教の家庭にはみんなバイブルが置いてありますが、それが日本人の場合は『古事記』であり「日本の神話」なのです。私達のご先祖は、「日本の神話」に描かれた目に見えない神様の世界を常に見つめ、神様のいのちをいただき神様のめぐみをいただいて、神様のふところの中で生かされている意識をつねにもっていました。 ところが、戦後、占領軍は神話教育を禁止しました。日本人はなぜあれほど勇敢に戦うことができたのか、その秘密を探っていけば、日本人の根っこ「日本の神話」に行き着きます。。それを否定することが、日本人の精神的核を奪うことになると考えたわけです。 それで、戦後の人達は神話を失い、目に見える物の世界しか見えないようになり、個人の権利などばかり主張するようになりました。―教育でも、神話ではなく人権教育が幅をきかせています。 戦後の歴史教科書を見ると、まず考古学で、ダーウィンの進化論で魏志倭人伝でしょう。考古学は大事ですけれども、蝉の抜け殻を考えてもそこから生きたセミの命は出てきません。ダーウィンの進化論は人間をケモノ次元におとしています。 「日本の神話」は天地を貫く理法 ―物を分析しても、日本人が守り伝えてきた価値観は分からないということですね。では、神話で描かれていることはどういうことでしょうか。 出雲井 「日本の神話」は天地を貫く理法を教えてくれています。日本の神話で最も大切なのは、永久不変の天地を貫く理法を示し教えてくれていることです。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)とは、目にはみえないが一番たしかに存在する天地の理法・法則とも、正しい真理ともいいかえることが出来ます。世の中に表れているもの全ては、創り主=天之御中主様の御命の流れが表れている。だから全ては神様の恵みであり、生かされて生きる、これが「日本の神話」の精神です。 目に見えない天之御中主神の世界とは善いことばかりの世界であり、私達のご先祖は、神の世界からの贈り物に感謝して生きてきました。天照大神(あまてらすおおみかみ)は天之御中主様のもっとも尊い人格神としてあがめてきました。日本人は本来、何ごとかあると「あっぱれ、あな面白(おもしろ)、あな手伸し(たのし)、あな清け(さやけ)、おけ」と、感謝して喜んだ底抜けに明るい民族なのです。この善いことばかりの目に見えないが一番確かに存在する神の世界を視て、神様の恵みに感謝し、自分の命は神様の御命の流れであることを自覚していました。つまり、自分とはいかなるものかという自己の確立が正しく出来ていたのです。ですから、人々は行き交うと拝み合って感謝したというのは、相手の中にある天之御中主神を拝んでいたのです。 また、国うみ神話には、伊邪那岐(いざなぎ)様と伊邪那美(いざなみ)様が日本の国土を創られたことが記されています。陰陽の調和によって、天地の理に則って日本国は創られたことを知っていたのです。 このように、男女二神が国土も生まれ神の子も生まれる壮大な神話を持っているのは日本だけです。それはご先祖が、目に見えない神々の世界をじっと見つめ、神々の声を耳を澄ませて聞いていたから、天地の理法を神話として描くことができたのです。 「日本の神話」は日本の根っこ 出雲井 私が、「日本の神話」伝承館を開設し、「日本の神話」を守り伝えようとするのは、ご先祖が打ちたて伝承してくださった宝物を、ここで途絶えさせてしまったらご先祖様にも子孫の方々にも申し訳ないと思うからです。それともう一つは、「日本の神話」の精神が分かれば、靖國神社に祭られている方々がどれほどの思いで、この素晴らしい日本を守ろうとして命を捧げて下さったのか、そのお気持ちが本当にわかってくれると思うからです。 ―今回出版される本が各家庭に置かれ、神話がさらに広く伝承されればと思います。 出雲井 「日本の神話」とは何かは、はじめはよく分からなくても良いと思います。ただ、家庭に「日本の神話の本」が置かれるようになれば、「日本の神話」に関心を持ち日本の本当の素晴らしさに気付く大切なきっかけになると思います。日本の根っこは「日本の神話」にあるのですから。 |