| 雑誌『正論』平成15年9月号掲載 「ヤスクニを守って」 地球の裏側の子供たちからの手紙 ※抄録 ジャーナリスト 打越和子 |
| ◆ ブラジルの中高生からの手紙 ブラジルと言えば、サッカーとサンバの国、というイメージが強い。そのブラジルで若い世代が、「靖国神社を守って下さい」と日々祈っていると聞けば、誰もが不思議に思うだろう。 この7月、『日本の皆様、靖国神社を守って下さい―ブラジルの中高生からの手紙』(明成社)という本が出版された。ブラジル・サンパウロ市の日本語学校「松柏学園」と、公教育の私立学校「大志万学院」の生徒たち20名の手紙を収めたものだ。この2校の生徒たちは、2年に一度「訪日使節団」を組んで来日し、沖縄から北海道までを約40日かけて巡り研修している。 私は平成10年に来日した第12回使節団に約一週間ほど同行して取材したことがあり、その関係で、今回の本の出版にも関わった。また、大志万学院の真由実・川村・マドエニョ・シルバ校長が別件で7月上旬に来日された際、お会いして最近の生徒たちの様子などを伺った。それらの取材をもとに、「靖国を守って」と祈るブラジルの子供たちについて、レポートしたい。 南米大陸の47.3%を占める世界第五の大国であるブラジルは、地球上で日本のちょうど裏側に位置している。日本との時差は12時間。そんな遠い国にも拘わらず、ブラジルは世界で一番日系人が多い国だ。1908年(明治40年)に移民船・笠戸丸の781人がサントス港に到着して以来、あと5年で日本移民百周年を迎えようとしているこの国には、現在140万人の日系人が暮らしている。 サンパウロ市の日本語学校「松柏学園」は、日系二世の真倫子・川村学園長が、1952年(昭和27年)に設立した。大志万学院は、日本語教育を公教育の場で実践しようと真倫子学園長が中心となって93年に設立されたもので、真由実・川村・マドエニョ・シルバ校長は真倫子学園長の娘である。生徒は、日系人が多数を占めているが他国系の生徒も在学している。松柏学園は5歳から大人まで60人余り、大志万学院は保育部、幼稚部、小・中学部の150人が在学している。今回、「靖国を守って」という手紙を書いたのは、その二校に通う12歳から18歳までの生徒たちである。 平成14年6月、当地の日本語新聞であるサンパウロ新聞とニッケイ新聞に掲載された「日本では靖国神社に代わる追悼施設が検討されている」との記事に驚いた真倫子学園長が、この問題について教室で取り上げたところ、反響は大きかった。生徒たちは、目に涙をいっぱいためて、食い入るように話に聞き入ったという。そして、習い覚えた日本語で、一所懸命に自分の思いを綴ったのである。 ◆ 揺れる日系社会 ブラジルの生徒たちが日本の靖国神社のことについて、なぜこんなに敏感に反応したのか。それは、まず一つに、ニュースの伝え手である真倫子学園長が、この問題の重大性をよく理解して、生徒たちに訴えたからである。 真倫子学園長は12才のとき、一年間の留学を目的に母親と共に来日中、大東亜戦争が勃発、そのまま昭和26年まで日本に滞在した。二重国籍を取得していたため、日本人学生と同様、戦時学徒動員として軍需工場で旋盤を回し、米国機の空爆下を逃げ回った。きのう話をした友人が次の日には死んでいたり、特攻隊を志願していく同世代の青年たちも目の当りにした。戦争の苦しみと悲しみを日本人と共にした、という思いが真倫子学園長には強くある。だから、靖国神社のことは「他人ごと」ではないのだ。また、それは、自分個人にとって「他人ごと」でないだけでなく、ブラジル日系人全体にとって「他人ごと」でない、重要な問題だという認識が真倫子学園長にはある。自分たちに流れる日本人の血に誇りを持てるかどうか、それは日系子弟たちの将来を決する問題なのだ。 「靖国で会おう」と誓って死んでいった戦没者を蔑ろにして、外国の言いなりに他の施設を作る日本。それが自分たちのもう一つの祖国だなどと、どうして胸をはって言うことができよう。 「自分の血に誇りを持っていれば150%の力が発揮できる。劣等感を持っていれば50%の力しか発揮できない」と真倫子学園長は言う。 1972(昭和47年)から始めて来年で15回を数える松柏学園の「訪日使節団」も、日系人としての誇りを生徒たちに自覚させるために続けられてきたのだ。それなのに、近年は当の日本が、自信を喪失してさまよっている。5年前に私が取材した時にも、真倫子学園長はこう言っておられた。 「ブラジルの日本語学習者がどんどん減ってきています。日系人も三世、四世となると血が血を呼ぶという関係は薄れてしまう。さらに『日本はこんなに素晴らしい国だよ』という日本人が少なくなって、逆に日本に関する悪い情報がマスコミを通じてたくさん伝わってくる。日系人としての誇りを持てない若い人たちが増えてきました。私どもは既に10年前、このまま行けば日本語学校である松柏学園はたちゆかなくなるだろうと見通しをたてました。公学校の大志万学院を設立したのはそのためです」 日本の混迷は、ブラジル140万の日系社会にも大きな影を落としているのだ。しかし、真倫子学園長は、「外国人である自分にそんな資格はない」と、日本の現状を高みから批判することは決してされなかった。けれど、その話しぶりからは「本当の日本はそんな姿ではないはず。早く目覚めてほしい」という祈りにも似た痛切な思いが伝わってきたものである。生徒たちに「靖国神社に代わる追悼施設建設」の問題を話したときの真倫子学園長も、きっとそのようであったに違いないと私は想像している。生徒たちが「目にいっぱい涙をためて」「食い入るように」先生の話に聞き入ったのは、そこに先生の切実な祈りを感じとったからに違いない。 ◆ 特攻隊の若者を思って さらにまた、生徒たちの多くは「訪日使節団」に参加して靖国神社に参拝し、遊就館を見学した体験を持っている。そして特に特攻隊の若者たちが書き残していった遺書に強い衝撃を受けている。 純粋な心は美しいものに魅かれるという。生徒たちは、戦時下の青年たちが、守るべきもののために起ち上がった美しい精神を、まっすぐに受け止めた。そして自分たちは、そのような精神で戦った日本人の血を引いているのだと誇りを抱いて帰国したのである。その生徒たちが、靖国神社に代わる追悼施設建設の動きを一体どのような問題としてとらえたのかについては、この度の本の前書き「なぜ、子供たちは手紙を書いたのか」の一文で、真倫子学園長がこう書いている。 「特攻隊の若者たちの、国を思う純粋な気持ちに感動した子供たちは、敏感に、この追悼施設建設の動きが『彼らの誇りを傷つけるものだ』と感じとったのだと思います。そして、それは『自分たちの血の誇りを傷つけるものだ』と感じ、それが涙となってあふれたのです」 ◆ 死者の権利を奪わないで 松柏、大志万の生徒たちは日系人だけではない。真倫子学園長、真由実校長の教育方針に共感する中国系、韓国系、ヨーロッパ系の子弟たちも少なからず通っている。そして、靖国神社の問題に関しては、日系ではない子供たちも、深い関心を寄せたという。たとえば、「文化を救って」と題した13才の少女の手紙(原文ポルトガル語)はこうである。 (ナタシャ・フェヘイラ・ボガシオヴァス) 国のために亡くなった人々の遺品や手紙が納められている神社を移動することに大反対です。その人達のおかげで現在の日本があるのでしょう。私は日系人ではありません。ロシア人とドイツ人の子孫であるブラジル人です。でも、それは関係ないと思います。 大切なのは相手を思いやる気持ちと相手の文化を尊重する心ではないのでしょうか。それに、日本人でなくても国のために命をささげた人達のご家族の悲しみは私にも分かります。子供をなくした母親達は決して懐かしい息子達にあえるこの場所を変えてほしくないと思います。 「私のことがなつかしくなったら、靖国神社の桜を見に行ってね」と言い残した息子達に会いにいく所なのです。それに、桜の花は日本を代表する花ですよね。いっしょにいさせてあげてください。 靖国神社は亡くなった方が家族と会う場所として約束した大切な所だ、別の施設で替えることはできない―ということは、他の生徒の手紙にも繰り返し書かれている。生徒たちの手紙を読んで驚かされるのは、亡くなった方々の思いを大切にする気持ちが強いこと、そして「魂」の存在を信じていることである。ブラジルはカトリック教国で、日系人といえども多くがカトリック信者だという。カトリックでは「魂」の存在をこのように確信するのだろうか?今回、来日した真由実校長にこの件をお聞きしたところ、概ね次のような答えが返ってきた。 「カトリックは亡くなった人への思いは強いですよ。毎晩祈るのは、神に対してと亡くなった方々に対して。11月1日と2日は日本のお盆にあたり、お墓へ花をたくさん持っていってきれいにします。カトリックと言っても、色々な宗教の要素が混りあっているかもしれません。ブラジルは人種のるつぼですから。私は、神様は一つだけれど、そこに至るにはいろいろな道があっていいと思っています。ブラジル人はその辺りは寛容です。とにかく、子供たちは、亡くなった人たちの気持ちを大切にしないことが悲しいのです。『死んだら靖国神社で会おう』と言って亡くなった方たちは、靖国神社で安らかにまつられる権利がある。今を幸せに生きている者がその死者の権利を奪うことは許せない、と。それが子供たちの強い気持ちです」 ◆ 日本が失ったもの ブラジルは家族の絆がとても強い。また、年配者への尊敬の念も篤いという。このことと、「亡くなった方々の思いを尊重する心」とは必ずつながっているはずだ。つまり、「ご先祖様を大切にする心」がブラジルには生きているのではないか。そのことについて、真由美校長はこう語って下さった。 「おじいちゃん、おばあちゃんが家族の中で一番愛されなくてはならない、尊敬されるべき人だとブラジル人はみんな、思っています。おいしいものがあったら、まず、おじいちゃん、おばあちゃんに食べてもらう。親を殺した者は極悪人で、牢屋に入れられたとき、同じ殺人犯でも親を殺した者は仲間うちで殺されてしまうのがブラジルです。『親には手をあげるな』というのが鉄則です」 生徒たちの作文の中に、遺族の悲しみを慮る心が強いのも、自分たちが家族の愛に包まれていることを実感しているからだろう。「おばあちゃんを守ってくれてありがとう」という英霊への呼びかけも、日頃の祖父母への敬愛の情がなければ、とても出てこない。「ご先祖様を大切にする」というのは日本の美風だったが、今やブラジルにそのお株を奪われたようである。 日本との比較で言えば、もう一つ、気になることがあった。17才の女子生徒が英霊に呼びかけた次の一節だ。 (ナタリア・恵美・浅村) 皆様、戦争で日本はまけた。 でも、あなた方の命はむだにはならなかった。 だって、今、私達も、日本の人も幸せ一杯でしょう。 この呼びかけに対して、「そうね。私たちはこんなに幸せだものね」と応じられる日本の青少年が、今果してどれだけいるだろうか。最近の耳を疑いたくなるような少年犯罪の数々。「少年の心の闇」にとまどう大人たち。そんな日本社会に比べて、「私達は幸せ一杯」と断言できるブラジルの子の、なんと羨ましいことだろう。 私が取材したときもそうだったが、 訪日使節団の生徒たちは、青年らしい活力に満ちていて、礼儀正しい。今の日本の高校生に彼らのような雰囲気を感じさせる子を見つけるのは、相当難しいと思う。生きることに幸せを感じているか否か、それが日伯の子供たちの輝きに差をつけているような気がしてならない。真由実校長はこう言われた。 「ブラジルは年間10パーセントのインフレと闘っていて、貧富の差も激しい。生徒たちの家庭の状況も様々ですが、経済的に日本より恵まれているとは決して言えません。けれど、どんなに貧しくても、神を信じ、いのちを受けたことに感謝し、家族や隣人を大切に生きていくことがブラジル人の幸せなのです」 暗雲たれこめる日本社会に比して、ブラジルは健全な明るさを保っているようである。 祖父母や両親の愛情に包まれ、家族や友人との深い絆の中に、生きる喜びを見出しているブラジルの子供たち。その子供たちだからこそ、祖国のために戦った青年たちの気持ちも、愛する息子を失った母親の悲しみも、心を痛めて慮ることが出来るのだろう。 子供たちの「靖国を守って」という祈りには、人間の勇気や悲しみに対する共感が根底にある。反対に、様々な絆を断ち切られ、個がさまよっている日本社会では、共同体を守るために起ち上がる勇気への共感も、愛しい者の命が奪われた悲しみへの共感も、失われていくばかりだ。 近年、靖国問題といえば中韓国との政治問題ということになってしまっているが、根本はそのような、日本人の「心」の変質の問題なのだ―。地球の裏側の子供たちからの手紙は率直に、そのことを私たちに訴えている。 |
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