|
国家と個人はまったく一つのもので、お互いが鏡に映る自分の姿を見合っているのと何一つ違いはないということである。
自分の在りようや有様、つまり自分の日常の言動やなりふりといったものは国家そのものであり、国家が考えたり感じたりすることは、個人そのものなのだ。
どこの国でも同じである。一人の日本人は日本なのであり、日本の姿はあなた自身の姿に過ぎない。
そこには否応がない。自分を棚上げにして、国家というものが別個に存在しているような発想は錯覚に過ぎず、無意識な責任転嫁であり、無知から起きる逃避である。(第二章「国家は個人」より)
第一章 日本人の幸福・雑感
第二章 悲しいときの勇気−オーストラリアから祖国へ
世界を救う日本文明/つつしみについて/神の国の実態/他田引水/根深い洗脳・日本語の魔術/パワーレス・ジャパン/頑固爺の元旦/『夫婦相和し』/命がけでやること/ある日の日記/焦燥のメイル・抜粋/祖国を捨てた愛国者/軍歌と感性/英語二題/『純』なるもの/悲しみの晩餐/ブラカシー国家とノーテンキズム/象徴について/目は心の窓/使われなくなった日本語/人のふり 我がふり/旅の具と枯野/袖触れ合うも…/言語環境というもの/国家は個人/素朴な訓話/国際人って何人?/禁煙宣言みたいなもの/為―/芸術としての建国/病床・異夢/『師範塾』の御紹介
第三章 新説・昨日は今日の物語
第四章 日本人の“相伝定低”の確立
第五章 対談 長谷川三千子・林秀彦 「日本のアート哲学を世界に」
第六章 ロシナンテの旅
|